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この世の背景

主に、どうしようもないことを書いています。

妻の自慢をしてみようか

ネット上では、結婚生活がいかに馬鹿らしいか、夫や妻がいかにひどいか、という文章で溢れ返っている。まぁネットの性質を考えたら、それはそれでしょうがないと思う。だって何かを貶すのって、超楽しい。ストレス下に亢進した攻撃性を、現実世界ではなくネット上で解消するのは、むしろ適応的な行動とも言える。

 

それに比べて幸せ自慢なんて他人を不快にさせるだけなので、良識をわきまえた人間なら、ネット上だろうとどこだろうと、幸せトークをむやみやたらと披露するべきではない。みだりにのろける人間は、今すぐ永遠に止まらない下痢に襲われるべきなのである。

 

まぁとは言え、たまにはそういう幸せ自慢なエントリーがあってもいいんじゃないか。それによく考えてみれば、ネットに良識なんか不要であろう。好き放題のろけて他人を存分に不快にしてやれば、自分のストレスも解消されるというものである。

 

というわけで、以下に自分の妻の素敵な点を挙げていく。

 

 

①なんか色々楽しむ

 

妻は、色々楽しめる。小説も漫画も読むし、しょうもない2chまとめも見るし、とりたてて派手さの無い植物系のイベントに行くし、TVドラマも時々見る。昔は勝手に散歩して写真撮ったりしてたし、山に行っても海に行ってもそれなりに楽しむ。しかし活動的かというとそうでもなく、自宅でごろごろするのが好きでもある。

 

なんというか、なんでも特に選り好みせずに様々なものを楽しめるのは、単純に凄いな、と感じる。自分は選り好みがあるし、妻に輪をかけて活動的でないのだが、妻と付き合い始めて世界が広がったと思う。

 

②本をよく読む

 

妻は本を自分よりはるかによく読む。最近は子育てもあって以前よりペースは落ちたが、それでも何かしら読んでいることが多い。自分はたまにしか本を読まないが、それでも時に読んだ時に感想を話し合えるのは幸せだし、読書量が多いことに素朴な敬意を抱ける。

 

妻が読むのは最近の作家が多いが、たまに内田百聞(訂正:内田百閒。素で間違えた。id:iliorz419さんありがとう)とか、ちょっと昔の作家も読んでいる。お気に入りの作家はそれ程マニアックではないが、大体おもしろい。どろどろした話(山本文緒とか)は嫌いじゃない様だが、直接的な刺激が強いのとか、理屈っぽいのはあまり好きでない様である(湊かなえとか。面白いのに)。

 

そして大事なことだが、同じ本を読んで感想を話す時に、ちゃんと言葉が通じる。妻の方が大分感覚的で繊細と思うのだが、そういうところを言語化しようとしてくれるし、結構出来るし、感性の方向性が全く異なる訳でもないこともあり、割と通じる。そして感性の方向が全く同じではないので、新鮮な発見があるのである。

 

③適度にきっちりしている

 

整理整頓や掃除、各種手続きなどの能力が自分には全く欠けているのだが、妻はこれらがきっちりと出来る。が、神経質さは全くなく、むしろ時々「こんな適当でいいの?」と思うこともある。しかしツボは抑えており、一定以上崩れることは決してないのである。恐ろしいバランス感覚である。

 

④料理が上手である

 

神がかっている、わけではない。しかしメニューは豊富だし、めんどくさい料理も出るし、結構新しいメニューにも挑戦してくれる。栄養もわりと考えている。大抵美味しいし、失敗もたまにあるがリベンジはきっちりしてくれる。自分には毎日違うご飯を作るなんて、もう絶対、全く、確実に、死ぬまで無理なので、これに関しては非常に感謝している。

 

ただし、料理に対する意見は相当慎重に言わないと、烈火の如く怒り狂うので注意は必要である。妻は基本的に温厚だが、ここだけは例外である。

 

そしてもう一つ、妻がめんどくさい料理も作ってくれるのは、自分が洗い物担当である、ということも大きく影響しているはずで、ここに関しては全人類が自分を誉め称える必要がある。

 

⑤黒い部分をある程度持っている

 

これは非常に重要である。例えば前方からもの凄く顔面が美しく無い女性と、ハンサムな男性が手をつないで歩いて来たとしよう。通り過ぎた後に自分が「今のカップル見た?」とゲスい笑顔を向けたとき、そこで「見た(にやっ)」としてくれる妻は最高である。ここで「ちょっとそんなこというもんじゃないでしょ(怒)」は論外として、「本当、凄いブスだったよね(爆笑)」も無しである。「見た(にやっ)」くらいじゃないとダメなのである。わかるだろうか、この感覚。

 

妻は基本的に至極道徳的でしっかりした人間なのだが、かといって適当さや不道徳さを毛嫌いする訳でもないのである。この懐の深さは全くもって素晴らしいと思う。

 

⑥嫌いなものがある程度一致している

 

好きなものが共通していることは大事であるが、嫌いなものが一致していることは更に大事な気がする。片方の好きなものが片方の毛嫌いするものであった場合、付き合いが長くなると結構な苦痛を味わうことになるはずだ。

 

で、自分が嫌いなものは「やらしい意図が透けて見えるもの」になるが、妻もそれは嫌いである。例えば24時間TVは見ない。感動させてやろう系、泣かせてやろう系など、そんなのがお互い嫌いである。その手の演出は我が家では「感動仕上げだわ(嘲笑)」などとといわれて蔑まれるのである。

 

自分たちが結婚する時も、式の司会者を選ぶ際は「出来るだけ感動的でない司会者を」ということで意見が速やかに一致したし、さらに妻は「なんか嫌」と両親への手紙を式では読まず、後でこっそり渡していたくらいである。

 

しかし、かといって他人のそういう結婚式を拒絶するわけでもない。そういうところが、また素敵である。

 

⑦仕事が同じ

 

かつ、部門が違うので、適度に話が合って苦労しない。

 

⑧稼ぎがいい

 

自分は結構稼いでいる。そして妻は今休職中だが、稼ごうと思えば自分と同じ様に稼げる。この状況は心理的に楽である。

 

⑨穏やか

 

自分の母は非常にヒステリックであった。で、自分はそうでもないし、そうはならないと強く思っていたのだが、子供が生まれてみると、何のことは無い、自分も結構ヒステリックなのであった。自制しているし、とんでもなく、という訳でもないのだが、どうも視野が狭くなりがちなのである。

 

それに比べて妻は温厚である。もちろん妻もイライラしたり怒ることはあるのだが、なんというか、根本的に平和で大声を上げることはまず無い。そういう妻を見ていると、自分の視野の狭さや無駄な怒りに気付けて、冷静になれる。

 

妻と家族になったことにより、自分の家系(母方)のヒステリックさの連鎖は断たれたな、と感じるのである。

 

⑩見た目が可愛い

 

可愛い方だと思う。

 

⑪言葉でのやり取りが容易

 

女性だろうが、男性だろうが、時に言葉でのやり取りが出来ない人間がいる。妙なプライドや感情や劣等感や操作性などにまみれて、それに気付くこと無く、言葉の端々に全く不要な修飾が山ほど施され、率直な言葉でのやり取りが出来ない人間。

 

そういう無駄な修飾が全くない。自分もまぁ、妻に対してはあんまりない・・・と思う。

 

⑫ぶれない、しかし頑なではない。

 

価値観が似ているが、しかし妻は妻でやはり別の価値観を持っており、ぶれない。自分にすり寄ってくる感じが全くない。かといって拒絶している訳でもなく、興味があれば取り入れる。全世界の媚び媚び女子に言っておくが(聞いてないだろうが)、男に左右されて価値観をころころ変える存在は、すぐにうっとうしくなって飽きられるので止めた方がいい。

 

 

 

妻のいいところは、本当はあと100個くらいあるのだが、これくらいにしておこう。上記に色々挙げたが、本当はそのうちのいくつか失われてもまるで平気である。何故なら、上記項目を生み出す「妻の根本的な何か」が本当は大事なのであって、そこはきっと変わらないだろうから。

 

なんでこんなしょうもないエントリーを書いたかというと、妻が出産準備で実家に帰ってしまってしばらく経つからである。離れてしまうといいところだけ思い出すものだ。

 

まぁ、これを目にした人が嫉妬してイライラしてくれれば本望である。