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この世の背景

主に、どうしようもないことを書いています。

浮気や不倫によって怒りや嫉妬が生まれる理由。

先日「浮気や不倫が問題視されるのは、相手を所有物だと思っているから生じる怒りや嫉妬が原因」という意見を目にした。

 

1・所有は人間の自由を剥奪する。浮気や不倫が問題視されるのは、自分が恋人なりパートナーを「自分の所有物」だと思い込んでいるからこそ覚える怒りや嫉妬が原因なのだと私は思う。それでは、人間関係から所有の概念を取っ払ったときに、どのようなことが起こるのかに興味がある。

 

まず最初に言っておきたいのは、浮気や不倫が問題視されるのはパートナーの「怒りや嫉妬」が主な原因ではなく、パートナーの「悲しさと不安」が主な原因なのである。そんなこともわからない人間の文章なので、リンク先の文章の内容はスカスカでどうしようもないのだが、「現状に不満や行き詰まりを感じて変わったことをしたい若者ホイホイ」にはなっているのかもしれない(今書いていて、もしかして若者はゴキブリホイホイを知らないかもしれないという不安が生じた)。

 

まぁそれはさておき、ここで書いておきたいのは怒りや嫉妬の出所についてである。それはパートナーを所有することから生じるのだろうか?

 

当てはまる例も確かに思いつく。例えば「長年夫婦仲は冷めきっていて、会話もsexも無く、夫は堂々と不倫している。寂しさに堪え兼ねた妻が別の男性と不倫をしたら、夫が激怒した」とか。こういう場合の怒りの中には、確かに、相手を所有物と思っているための怒りが混じっていると思う。

 

しかし一般的な関係については、わざわざ「所有」の概念を持ち出さなくても、浮気や不倫による怒りや嫉妬の説明は簡単に出来る。

 

①相手に対して好意や親しみを覚えている場合、相手から自分に向けられた好意や親しみは嬉しいと感じる。また、お互いの肯定的な思いが安定して存在していると、安心する。

 

②相手から自分に向けられた好意や親しみが減少した・失われたと感じると、嬉しさが減る・無くなる(不快になる)。また、安定していたものが失われると感じると安心が減る・失われる(不安になる)。

 

という、もの凄く当たり前で、どうやっても避けられない心の動き(好意を抱く相手に好意を向けられて全く喜びを感じないことは不可能だ)が、怒りや嫉妬の根本である。②で感じられるストレスはそのまま怒りを生じるし、その様な怒りと不安の混じった状態を嫉妬というのである。

 

上記のごとく、全て避け難い流れで生じるので、怒りや嫉妬を理性で抑えることは出来ても、「一切感じなくなる」ことは、残念ながら不可能である。所有しようがしまいが、相手に見返りを求めていようがいまいが、自分の幸せを願おうが相手の幸せを願おうが、とにかく好意を抱いている限り、怒りも嫉妬も悲しさも不安も生じ得るのである(ついでに言えば、付き合ってなくたって生じる)。

 

しかしまぁ、浮気や不倫(を含め、自分以外の異性との親密な関係)をされても「自分への好意には全く変化がない」と心の奥から感じることが出来るなら、怒りや嫉妬を感じることは少なくて済むのかもしれない。出来るならね。人間のことをよく知った上でも出来るならね。

 

 

以下は余談。

 

が、もしそのような離れ業を達成したとしても、不倫が許されない理由は他にもある。

 

まず、人間はある程度安心出来る、安定した関係をどこかに必要とする。それが無い人生は結構しんどい。子供のときは安定した家庭、大人になってからは結婚相手と作った家庭かもしれないし、恋人との関係なのかもしれないし、やはり実家かもしれない。

 

しかし何れにしろ、人間の気持ちなんて変化しやすいものなので、関係性を気持ちに任せて築いていると、安定した関係は手に入らない。だから、気持ちや感情をある程度切り離した上で、安定した関係を構築する必要があるのだ。その試みの集大成が結婚・家族なのである。単なる2者関係ではなく、人生において安定が得られる場という意味があるのだ。

 

そんな中で、パートナーの他の異性との親密な関係がどのような意味を持つか。

 

結婚などが、いくら気持ちをある程度切り離した関係だとしても、相手のことを非常にに嫌いになったり、あるいは別の場所にあまりに好きな人間が出来てしまった場合など、気持ちの問題があまりに大きくなったときは、やっぱり関係の維持が難しくなる。あるいは、時間や体力をメインの関係以外の人間にあまりに配分すると、関係の安定した維持が難しくなったり、そうでなくても質が下がったりするかもしれない。

 

で、そのリスクをわざわざ跳ね上げる行為こそが浮気や不倫なのである。

 

そんなリスキーな行為が、おおっぴらに許されるわけが無い。やるなら自己責任でこっそりに決まっているのだ。まぁ、「安定性」の重要さに気付きにくい若者にはわかりにくいのかもしれない。かつ、自分も年をとったのう。