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この世の背景

主に、どうしようもないことを書いています。

意識高い奴(笑)の存在意義

意識高い(笑)と小馬鹿にしてる人に哀れみを感じる。 - 拝徳

意識が高くても別にいいんですよ、それを他人に押し付けなければ。 - 脱社畜ブログ

 

どっちも読んだ。一見まるで対立しているかのように見えなくもない。

 

が、これって結局、休日出勤やサービス残業が駄目なだけなのに、それを意識の高さと結びつけたせいで(誰が最初に結びつけたのか知らないけど)、話が混乱しているだけじゃないのか。不法労働の押しつけはいけませんよ、っていう大前提を皆が持てば、もっと議論がまとまるのに。しょうもないやり取りしなくて済むのに。

 

まとまるというか、明白だろ。

 

そりゃ、意識高い人の方が必要だよ。職業上、職場を移動する事が多いんだけど、意識低めの職場は、ひどいよ。安定はしているけど、延々なんの進歩も無い。安定というより停滞。なにか改善や改革をしようとしても、そこで働いている奴らは「もう動かないぞ!」っていう泥の様なオーラをまとって、なんにもしようとしない。仕事レベルは、破綻を来さないぎりぎりまで低下する(破綻が微妙に隠されていることすらある)。

 

そういう職場で働いていて、「仕事はとりあえずこなせばいい」とか思っている奴は、その考え方が自分の仕事のレベルを知らない間に低下させていて、周りに(同僚だけでなく、クライアントも含め)迷惑をかけていて、自分の精神を自分で削り取っている事に気付いていない。

 

意識して、感度を上げて、興味を再発見して、ということを行わないと、人の仕事なんて容易に腐っていく。でもそういうことが苦手な人、いるでしょう。そんな時、意識高い人がぐちゃぐちゃ動いていると、なんだか新しい視点が得られたり、今まで行ってきた事を再発見出来たり、なんだかんだと役に立つ事が多いのである。

 

もちろん意識高い奴は、鬱陶しいことがけっこうある(自分にも今現在、職場に鬱陶しい奴がいる)。だってなんかやたら変化させようとするんだもの。周りも巻き込もうとするし。めんどくせーよ。時々的外れだし、やり過ぎだし。言う事なかなか聞かないときあるし。でも、そういう人間がいない職場の「腐ってる感」を体験している自分としては、どうにも責める気にならない。そういうのが場を混ぜないと、やっぱり場は澱んでしまうのだ。

 

もちろん、意識高くないとだめ、とは言っていない(自分だって別に意識高くないし)。でも低い事は、決して褒められたことじゃないし、高い奴をめんどくせーと思いながらも、ある程度受け入れることは、結構大事なことなのである。