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この世の背景

主に、どうしようもないことを書いています。

嘘つきの言い分

世の中には堂々と嘘をつく人がいる。疑いをかけられても怯むこと無く、よりいっそう大きな声を張り上げたり、本気で怒りだしたり、本気で泣き出したりする人(但し、ここでは詐欺師、政治家などの職業嘘つきは除く)。誰でも、生涯に何人かには遭遇するのではないだろうか。

 

理解に苦しむ…というあなたは、いい人か、あるいは達人レベルの嘘つきである。

 

自分はそれなりの嘘つきであり、加えて職業嘘つきであり(前記の職業ではないけど)、また職業柄嘘をつく人に触れる機会も多く、理解には全く困らない。嘘つきには、疑われても巧妙に自分を守り、相手が悪いことにしてしまう、夢のような(?)理論が存在する。

 

まず、決定的な証拠が無い場合、嘘つきは次のように考える

 

「私は嘘をついているが、しかし私の言っていることは、理論上あり得ることである。どんなに確率が低くとも、あり得ないことではない。にもかかわらず、私の言っていることを嘘だと言うのは、私の人間性を疑っているということに他ならない。私の人間性を貶めているということだ。そのような非人道的な行為はいかなる場合も行ってはならないのに。」

 

ひどい言い分だが、はっきりした証拠が無い以上「私が嘘をついている」のはその場では可能性の一つでしか無い。それにひきかえ「私の人間性が貶められている」のは可能性でなく、事実である。よって「私の人間性を攻撃した」相手に対して、嘘つきは心の底から怒ってもいいし、泣いてもいい。

 

じゃあ決定的な証拠が出てきたらどうするか。さすがに嘘つきの完全敗北だろう、とお考えのあなたは、まだまだ甘い。「言っていたことが真実じゃなかった」ごときでは、真の嘘つきは全く怯まない。決定的な証拠があっても嘘つきは次のように考える

 

「確かに私の言っていたことは事実とは異なった。でもそれは、私が誤解していたのかもしれない。聞き間違いとか、見間違いとか、思い違いとかかもしれない。あるいは、時間が経っているから、記憶が変化しちゃったのかもしんない。いずれにしろ、意図的に事実を改ざんしたっていう証拠は無い。だから堂々と主張するぞ。私の人間性を疑わないなら、わざとじゃない、単に間違ってたんだなって判断するしかない。…え、わざとだって?え、それってつまり、私の人間性を貶めてる!?え、ひどいひどい、殺してやる!」

 

ひどい言い分だが、「意図的に」事実を改ざんした証拠が無い以上(そんな証拠があるわけないのだが)、言ったことが事実と異なってもそれは「間違ってしまった」のかもしれず、「嘘をついている」というのは可能性の一つに過ぎない。それにひきかえ「私の人間性が貶められている」のは可能性でなく、事実である。よって「私の人間性を攻撃した」相手に対して、嘘つきは心の底から以下略。

 

てなわけで、嘘つきの自己は意外と理論的に安全なのよね。本当は周囲の直感的評価はがた落ちなんだけど、自己評価が下がるよりはましだよね。

 

徐々にすり減っていくんだけどね…自己評価。