この世の背景

主に、どうしようもないことを書いています。

チェンソーマンのアニメ化について

生きていると歳をとるのである。歳をとると、体力はなくなるし、食欲はなくなるし、睡眠は浅くなるし、性欲も減退するし、一夜漬けもできなくなるし、クソである。

 

しかし最もクソなのは、周りが漫画を読まなくなることである。悲しい。俺は鬼滅の刃チェンソーマンの話をしたいのに、周りは仕事や子供の話をするのである。しらねーよ、お前の仕事にも家族にも興味ねーわ。クソが。漫画読めや。

 

だからこういう記事を書こうと思ったのだが、よく考えたら若い時から漫画の話できる友人はいなかったな…なんだ、加齢がどうこうではなくて俺がコミュ障という話だったわ残念。しかしまぁ、どちらにしろ鬼滅の刃チェンソーマンについて話したいことに変わりはないので書いておこうと思う。

 

鬼滅の刃はジャンプ掲載1話から読んでいた。掲載順が真ん中くらいから上がらず、空気感がよくあるジャンプものと違うし、いつ打ち切られるかハラハラしていた口である。だから、アニメが始まってからはまったようなクソにわか野郎と一緒にしないでくれ…と言いたい思いはあるが、そこは置いておこう。そういうこと言うやつが漫画界の空気を悪くするのだから。…でも言いてえ!

 

とにかく、この漫画は主人公が異質だった。これ以前のバトル物の主人公は、「切れたら強くなる」奴が流行っていた。それから「ちょっと空気が読めないやつ」も流行りだしていたかな?今や珍しくもない、発達障害ブームである。後者はジャンプ以外が発祥だった気もするが、まぁいい。キャラ付けに便利だよな、発達障害の特性は。とかもまぁいい。鬼滅の刃の主人公は、なんと驚くことに優しくて常識的だったのである。

 

少年漫画においてこれはかなり冒険でもあったと思う。だって小中学生の男子は、優しい常識人に魅力なんぞ感じないからだ。どう考えても、切れて強くなる主人公や、熱量だけで周囲の意見を弾き飛ばす「いかれた」主人公に魅力を感じるはずなのである。リアル中2なのだから。なのに、とにかく優しい主人公なのである。椿鬼奴鬼滅の刃について話す記事でここについて述べてて、「ああ、こいつわかってやがる」「ブームに乗っているだけのクソじゃねえぜ」と上から目線で喜んだ覚えがある。

 

とにかく、炭治郎が少年漫画のお約束から離れた主人公であることをここでは言っておきたい。本当は罪や償いについて非常に深いところが描かれているのだ!とかすごく言いたいけど、今は置いておく。

 

そしてチェンソーマン。藤本タツキを知ったのは、ファイアパンチである。この作品はジャンプ+でリアルタイムで読んでいたのだが、途中でついていけなくなり、脱落した。なぜ脱落したか。それは、お約束に染まった自分の脳が、お約束をすべて蹂躙する流れについていけなかったからである。

 

これは、お化け屋敷やジェットコースターを途中でリタイアしたようなものと言える。それらのアトラクションは「恐怖」というストレスを楽しむものであるが、ファイアパンチチェンソーマンには「お約束の破壊」というストレスを楽しむ面がある。しかしファイアパンチの場合そのストレスが大きすぎて、自分はついていけなかったのである。その後改めて単行本で読破して(待ち時間が少ない分、リアルタイムで読むよりもストレスが少なかった)、こいつは天才ではないかなと思った。

 

で、チェンソーマンなのだが、これはストレスがいくらか調整されていて、ファイアパンチよりかなり読みやすかった。その分刺激は少ないと言えるかもしれないが、少年漫画要素もあり、バランスのいい…なんというか、インディーズで人気のあったバンドがついにメジャーデビューして、溢れるエネルギーとコアさがポップさと融合してとても聞きやすくなった替わりにコアなファンは離れ始める段階、の作品に近い作りと感じた。そして自分はそのようなものが好きな傾向があり、最高に楽しめた。

 

しかしだからこそ、漫画をよく読む層、つまりお約束が頭にセットされており、その破壊にきちんとストレスを感じられる層、以外に刺さるのかは疑問を感じている。鬼滅の刃もお約束の破壊のストレスが楽しいところがかなりある。しかし破壊によるストレスと並行して、罪や罰や愛など、日ごろ漫画に染まってない人にも刺さるテーマがが中心に据えられているのである。もちろん、チェンソーマンにもそれはある、パワーとデンジ、アキの絡みなど。しかし中心にあるわけではないと自分は感じる。中心はあくまで破壊によるストレスで、ジェットコースターやお化け屋敷的な楽しみなのである。

 

どちらがより良いなどの話ではないが、より広い対象が楽しめるのは鬼滅の刃であろう。つらつらと何を書いているのかというと、アニメを心配しているのである。漫画ファンに、より刺さるのはチェンソーマンである。しかし、鬼滅の刃の方は本質的に刺さる対象が広いので、アニメ化して少年漫画の読者以外の層の目に留まる効果が大きく、とんでもないヒットにつながったのだ。チェンソーマンの場合、少年漫画の読書以外の層の目に入ってもそこまで刺さらず、アニメ化の効果が鬼滅の刃ほど大きくないと思うのだ。

 

自分はチェンソーマンが…というより、藤本タツキが好きなのである。彼はヒットを一つ飛ばして終わる漫画家ではない。短編も驚きの面白さだし、周囲からの評価に影響され過ぎないメンタルの強さも感じる。このまま突っ走ってもらいたいのだ。だからアニメの出来なんてどうでもいいのだ…いいんだけど、なんか周囲がこんなに力入れて売ろうとして、もしそんなに売れなかったとして、それが影響したらなんか嫌じゃない!?なんか影響しそうじゃん!?と心配しているのである。

 

文字通り老婆心である。婆ではなく爺だが。アニメの成功を祈る。